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2007年06月13日

もう後はない

というわけで、竹田先生のセミナーには参加して「面白いなあ」とは思ったんですが、ランチェスターの内容はちんぷんかんぷん。名刺交換はしたんですが「ハイハイ」で終わりでした。まあ、こっちも、こんな親父コンサル=胡散臭いイメージ=とは関係ないなあと思いましたがね。


 Uターンして1ヶ月後、ACRから企業紹介がありました。最初は福岡印刷。私がリクルート等で広告営業の経験があったからですが、何かもう一つピンと来ない。次に紹介があったのが、北九州本社の「ワタナベプリンティングセンター」。


 小倉では地元大手で、その福岡支店で企画営業を募集しているという。単なる印刷でなく、企画広告やイベントなどもやると。興味を持って面接に行くと、出迎えたのは社長の息子である支店長。


 たしか私よりも年下でしたが、いかにも「俺はエラいんや」みたいな臭いがプンプン。でも、会社も年商40億くらいで仕事も面白そう。既に転職4回・脱サラも失敗していた私としては、入社させてもらえればラッキーかなと思い、反発を抑えて大人しく応答しました。


 結果は合格となり、後は健康診断を受けるだけ。多少、悶々としながらも、小倉城そばの病院で診断を受けました。


 入社までまだ日があり、<ふくおか経済>をめくっていると「地場大手の広告代理店:アド通信社が就職情報のダイヤモンド九州版を発行」との記事に目が止まりました。リクルート時代と同じ求人広告の仕事。ピンときて「福岡へ来たばかりなんですが、就職活動で参考にしたいので1冊もらえますか?」と電話。天神西通りの鴻池ビルにある福岡支店を訪ねました。


 応対してくれたのは、ダイヤモンド九州版責任者の中村さん。実は本当の狙いは、この会社に入れないかということ。事前に帝国データの資料を見ると、年商40億前後で利益もしっかり出している。審査点数も高い。メインは新聞の雑多な広告営業で、ここならリクルート時代の営業力で十分通用するかも。


「いやー、ありがとうございます。実は昔、リクルート時代にコレと同じ営業をやってたんですよ。新規開拓では社内NO1になりましてね。いやー、なんか懐かしいです」と最後に言い残し、名刺を渡して10分で帰りました。作戦です。


 案の定、それから1週間後に中村さんと古賀支局長(現在の専務)から「一度、面接に来ませんか?」と電話が。「やった!しめしめ」と出向き、実はワタナベプリンティングセンターに内定貰っている強気を嫌らしくない程度に出し、一次、二次面接を突破。一ヶ月後に合格通知を貰いました。


 実はこの間も、たまたま天神西通りで「立命館大学福岡支部」の看板を見つけて、当時の支部長:吉田倉庫の吉田社長に面談。紹介して貰った先輩の地場大手・大成印刷の清家社長からも声をかけて頂きましたが、既にアド通に決まっていたので断念。先輩後輩のおつき合いに変更しました。


 この清家さんは、古い印刷業界では昭和45年創業と後発でしたが、既に年商50億弱をやっていて財務内容も優秀。現役の創業社長としては、規模で福岡NO1です。


 カバン一つの印刷ブローカーから脱サラし、「創業10年間はもう悲惨で失敗の連続。今も話したくない」というほどの努力家。現在は立命館大学福岡県支部長も務め、事あるごとに「あんたはボランティアばかりやって。ちゃんと儲けなさい」と、電話や手紙のアドバイスを10年間戴いてます。総務部の大窪さんも私を心配してくれ、今も大成印刷の採用広告は作らせてもらってます。


 こうして平成4年の8月11日。晴れてアド通信社に営業マンとして入社。33歳にして7社目の会社でした。


「もう後がない。しかし、借金はまだ1億もある。単なるサラリーマンではなく、何かをせねば!」


との想いで初出社しました。


・・・・・つづく。


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Posted by ベンチャー大学の栢野/かやの at 10:47Comments(0)